あとづけな和菓子職人です(笑)
———なぜ和菓子職人になろうと思ったんですか?
稲葉さん:僕は、最初からなろうとも思っていなかったんです。就職するときちょうどバブルまっさかりのときで、たまたま入った会社が和菓子屋さんだったんです。入りたいとこに入れる時代だったんです。給料良いからここにしようみたいな。だから、最初は、和菓子職人になる気もなかったんです(笑)
———なにか転機があったんですか?
稲葉さん:たまたま機会があってNYに転勤したんです。でも、別に英語ができるわけでもなく、数年しかお菓子を作ってないから完璧にお菓子も作れるわけじゃなく。
それでもむこうで会う人会う人に国籍を聞かれ、仕事を聞かれ、日本人で和菓子作ってて、日本文化を語れなきゃ、説明がつかない。それで、やってくうちに自分が和菓子を作るためにそこに存在してるってのを感じ始めて、和菓子が好きになっていた。それがないと、自分がそこにいる理由もなかったし。だから、あと付けな和菓子職人(笑)
———浅野さんは最初からなりたいと思ってたんですか?
浅野さん:そうですね、料理とかを作ることがしたくて、栄養士系短大に行ったんですけど、その学校の図書室で和菓子の本を見て、これだと思って。それで京都に行こうと思ったんです。その本に載ってるお店をいろいろ見て、京都の和菓子が洗練されていていいなと思って。
働きたい和菓子屋さんに電話をかけたら、女性は採らない、力仕事だし、って断られました。それで、次に働きたい京都の和菓子屋さんに電話をして履歴書を送ったら採用してくれました。
その5年後、北海道に帰ってからは栄養士として2、3年働いていたんですけど、好きなことがあるのになんでやってないんだろうと思って、もう一回和菓子をやりたいと思い東京の和菓子屋さんに再就職しました。
和菓子にもライブがあるんだって
———なにがきっかけでご自分で和菓子を作り始めたんですか?
稲葉さん:自分はNYから帰ってきて、仕事以外に遊ぶエネルギーがあって、社外の人と出会ったり、遊び始めたんです。最初は、友達のジャズライブで休憩時間でお茶のおもてなしをしたいっていうおもしろい子がいたんです。
そのときはライブのステージをかざる墨絵を書く墨絵作家さんがいて、お茶があって、歌い手がいたんですけど、お茶のお菓子をやる人がいないからやってよって言われて、初めて会社のレシピじゃなくデザインから全部やって自分のお菓子を作ったんです。
当時の職場ではお菓子を作ってパッケージして流通に載せるまでが仕事だから、その先のことはわからない。でもそのときは自分で持っていって人が食べるシーンまでいて、説明もするわけじゃないですか。そこですごい「ライブだな」思って、和菓子にもライブがあるんだって。そこでの感想とかすぐ返ってくるんですよ、おいしかったとか、もうちょっと甘いほうがいいとか、いろんな勝手のことを言われるのがすごいおもしろくて、気持ちいいなって。
仕事だとレシピ通りやるから失敗もしないんだけど、自分でやってみるといろんな失敗をする。そこでお菓子の理屈とかも学べておもしろいから、和菓子を作って遊ぶって活動につながったんです。
自分の場合ハーブを使ったり、和菓子を作る部分で遊ぶっていう意味と、和菓子を持って遊びに行く、それで遊びに行った先でいろんな出会いがあって、「和菓子を作って遊んでる稲葉です」って言うとみんな意味が分かんないんですよね。
それで和菓子を作って遊んでるから「wagashi asobiの稲葉です」っていうユニット名みたいなのを作ったら「和菓子遊びっていう活動をしてる稲葉さんですね」ってスムーズになったんで、すごい便利なものを手に入れたなって思いました。
———そのときは一緒にやってたんですか?
稲葉さん:いや、別々だったけど同じようなことをしていたから、この「wagashi asobi」という活動を共有しないかって誘ったんです。共有することで受信力が増えるし、ブログとかを一緒に立ち上げることで発信力も3乗くらいに広がってくのもおもしろいなって思って。
この企画が自分にとってのターニングポイントになった
———イベントはwagashi asobiが企画してたんですか?
浅野さん:お話を頂くことのほうが多いですね。
稲葉さん:イベント自体を企てるというより、だれかのイベントに乗るみたいな(笑)
浅野さん:イベントに来たお客様が次声かけてくださって、次またそこのお客様がみたいに、口コミですね。
———毎回、スタイルは変えるんですか?
浅野さん:そうですね、ほとんどお菓子は同じものは出してないですね。そのイベントのために作るのがうけたみたいで。一般的には、和菓子っていうのは黒いお皿の上に乗ってるのが主流なんですけど、例えば墨絵の人のイベントのときには墨絵の上に乗せたり。器だけじゃなくてね。
———例えばどんなイベントがありましたか?
稲葉さん:ズブロッカというウォッカのメーカーがスポンサーのときは、ズブロッカをにつめて香りだけ残して和菓子を作ったり、普通はしないことしてみたり。
———特に印象に残っているイベントはありますか?
稲葉さん:高尾山の環境保護の会をやろうっていうときは、高尾山の水とよもぎで和菓子を作りました。
お茶会のその日の朝に酌んだ水を使って、一つの事に作り込む事で印象を持ってもらう。環境保護を訴えるお茶会なんだけど、トンネルが掘られてます、とか山が荒らされてますっていう事をいちいち言うんではなくて、高尾山の産物で作ったお菓子を体内に入れる事でなにかを感じてくれれば新聞とかのメディアで高尾山の話が出たときに「あ、あの時のお菓子だ」って考えてもらえるきっかけができたらいいなって思ったんです。
この企画が一番、自分にとってのターニングポイントにもなりました。お菓子は食べ物なだけじゃなくて、コミュニケーションを作る発信源になるものなんだなって。
浅野さん:私たちのやり方だといろんな人と組めますからね。誰かの出身地の地元の野菜を使うだったり、その作品の名前と同じものを作るだったり、形で表現したり、菓名を関連してものにしたりで、どの分野の仕事の方でも関われるのかなって思いますね。
———お菓子にメッセージがあるっていうのは一般的な和菓子にもあるんですか?
浅野さん:おもに季節や歳時記の意味はあるけど、ここまではないと思いますね。
そういう一例として、存在したい
———和菓子屋さんの現状はどのようになってるんですか?
稲葉さん:考えられる理由とかは色々あるとおもうんだけど、儲かる仕事じゃなくなってきてるかな。
———なぜでしょうか。
稲葉さん:情報の時代だから例えば雑誌に載せるとかとか、ネット、ウェブサイトを運営するとかがおじちゃんおばちゃんにはむずかしいから大手に淘汰されてしまうような雰囲気があるなとは思う。だから、町の和菓子屋さんとか元気がなくなってきてるね。
———そのような現状についてどう思いますか?
稲葉さん:売り手にも買い手にも和菓子は安いものだっていう認識がある。チョコレートは1000円とかするようになっているのにね。そういうことを和菓子屋さんもしていかないと、量産型だけだとだめになるなと。自分たちは逆価格破壊もしていきたい。やってること自体がおもしろければなにか変化が出てくるだろうとは思っています。
———おもしろいですもんね、このイベントとか。
稲葉さん:真似する人とかがでててきて、新しいことする人が出てくれば、競争原理が働いて、自分たちもさらに努力して活性化してくると思うんですよ。
和菓子屋さんで独立して、始めましたって人はあんまりいないんですよ。洋菓子はけっこういるんですけど。
老舗が良いとされる風潮だけど、その中で自分たちみたいにぽっとでが出てくれば、「あの人たち2人でやってるけど、なんかやってけてるみたいだよね、自分たちもやってみようか」みたいな人が出てきたらおもしろいなと思って。「お金かけてないみたいだけど、大丈夫そう」みたいな(笑)。そういう一例として、存在したいから、存続はしていきたいなと思う。
これが私の仕事なんだって思ったんですよ
———お話を聞いてると和菓子は新しい文化の流れとしておもしろくなりそうですね。
稲葉さん:もともとある、和菓子の文化っていうのを否定する気も、破壊する気もないんだけど、存続していくうえで時代が変わってきてるんだからその時代にあったことをする人たちがいなきゃいけないのかなとは思いますね。和菓子って昔ながらのことをやるのが決まりで、変わっちゃいけないみたいな感じになって、ずっとストップしている。
そんな中でそれを続けてくためにその時代に合ったことをしていくっていう、継続するための責任がある。文化として捉えるなら、その文化を途絶えさないためにやらなきゃいけない責任。いろんな伝統文化、伝統芸能とかも、大事な文化だから国が支援するべきだ、とか言って続けてても、支援されなきゃやっていけないとか、自立していないと、なりたい人がでてこないから。
———そこは重要ですもんね。
稲葉さん:自立してやっていけないと、よっぽどな大金持ちしかできない。そうなると文化っていうか、趣味みたいになっちゃう。
———最後に。お仕事は楽しいですか?
浅野さん:仕事って本来楽しいものだと思うんです。20歳のとき和菓子に触れて、これが私の仕事なんだって思ったんですよ。そういう気持ちを若い人にも持ってほしい、そうすると頑張れるんですよ。私は興味のないことをするとがんばれない、ミスもするし、全然向上しない。だから好きってことで仕事を選ぶと良いと思いますね。




